アメリカは、獣医療が世界で最もすすんだ国であり、中でも、カリフォルニアは動物愛護と動物福祉の特に充実した地域として知られています。先日、後輩の日本人獣医師が、念願であったアメリカの獣医師試験に合格し、カリフォルニア州・ロサンゼルスの動物病院で働き始めたというので、最新の獣医学に触れるために夏休みを利用して行ってきました。
『Did you fix your dog ?』
後輩獣医師の勤務する動物病院で聞こえてきた会話ですが、皆さんどういう意味かお分かりですか?直訳すると、「自分の犬を修理しましたか?」ですが、正しくは、「自分の犬の避妊/去勢手術をしましたか?」という意味になります。
動物医療の先進国アメリカでは、“飼われている犬と猫は、野性/自然な状態ではないので、避妊や去勢手術をして初めて正しい飼犬/飼猫になる”という風に考えているので、“FIX”つまり“修理して”適した姿にするというわけです。
もはや、アメリカでは、避妊と去勢手術はごく当たり前のことであり、もししていないと、「え~!まだFIXしてないの!?」と凄く驚かれるそうです。
何故、アメリカでは、避妊と去勢手術が当たり前になったのでしょうか?実は、数十年前のアメリカは、今の日本同様に、年々増加する殺処分の犬と猫に頭を悩まされていました。そこで殺処分を減らす目的でいろいろと試行錯誤が繰り返されました。しかし、多民族国家のアメリカ、なかなか上手くいかずに、最終的に避妊と去勢手術が法律が制定(州による)されるに至ったそうです。
法律で去勢と避妊手術が義務付けされ、手術をしていないと、毎年、登録料が100ドル(約12000円)(手術済の場合は10ドル)が徴収される。また仔犬/仔猫を産ませ繁殖をさせる場合には有料の許可を取らなければならないなど、避妊と去勢手術を施させる仕組みが二重三重と作られているのです。
でも、法律があっても、守らない人もいるのでは?と思っていたら、流石、“人種のサラダボウル”と言われるアメリカです、“アニマルポリス”という動物専門の警察官が存在し、法律違反や虐待が疑われる行為があるとすぐに通報され、駆けつけた警官が警告をし、それでも改善がなされない場合には逮捕されることもあるのです。動物愛護や動物福祉の面で、日本がアメリカから数十年遅れをとっていると言われますが、それが実感できるシステムです。
ちなみに、避妊と去勢手術は、犬と猫の健康や寿命にはどのような影響を及ぼしたのでしょうか?アメリカでも昔は、避妊や去勢手術は任意でした。そこで、昔と現在のデータを比較してみると、避妊や去勢手術をした方が、手術していない場合に比べて、雌なら子宮蓄膿症や乳腺腫瘍、雄なら前立腺肥大、精巣腫瘍、肛門周囲腺腫瘍、会陰ヘルニアを高率に予防でき、長生きに繋がることが科学的に証明されました。また、性格が穏やかになり、テリトリー意識が減少し、ケンカやマーキングを予防する効果もあるのです。
一方、日本では、未だにそれら病気は当たり前のように遭遇する疾患であり、重症化して生命の危機に瀕した状態で来院される場合も少なくありません。
私が、日々の診察を通して、多くの飼主の方に声を大にしてお伝えしたいのは、“予防出来る病気は、是非とも予防をしてあげましょう。”ということです。
病気でもない若い犬や猫たちの避妊や去勢手術は、一見可哀想なイメージがあるかもしれませんが、中高齢でそれらの病気になってから手術をするよりも格段に身体の負担が少なく、飼主様にとっても費用負担が少なく済みます。予防出来る病気に罹患した動物達を目の当たりにして、後悔している飼主様を少しでも減らしたい、限りなくゼロにしたいと強く願っております。
また、私は、それらの病気になった飼主様に、「ご家族やお友達の犬と猫で、未だに避妊/去勢手術をしていない方がいらっしゃったら、“手術をしない代償がとても恐ろしい事態を招く”ことを、今回の実体験を交えてお伝え下さい。」とお願いしております。避妊や去勢手術の啓蒙は、我々獣医師がするより、経験者である身内やお友達のアドバイスの方が効果的だと感じております。
近年、動物たちの生活習慣病(膵炎、結石など)が増えております。人間同様に“肥満は病気”です。動物が欲しがるからと言って、要求通りにフードやおやつを与え過ぎる行為は、動物を“可愛がっている”のではなく、動物を“病気にさせている”のです。“大局の愛は厳しくみえ、小局の愛は優しく見えます。”本当の愛は、どちらなのでしょうか?今一度、再考して頂ければ幸いです。
最後になりますが、“動物の病気も人間同様に、早期発見と早期治療が重要”です。動物は言葉が話せません。予防獣医療(“ワクチン接種”、“フィラリア予防”、“ノミダニ予防”、“麻酔下での歯石除去”など)は定期的にしっかりと行い、出来れば、健康診断を年に1回程度は受けさせてあげると良いでしょう。
以上、臨床獣医師の私が、日々の診療を通じ、飼主の方々に伝えたい事です。
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